自律 和平 感謝

本校は、仏教特に浄土真宗の精神に基づく教育を行い、社会に貢献できる自律した女子を育成します。校訓である「自律」「和平」「感恩」は、いのちを尊び、多様な価値観を受け入れる豊かな人間力。自分をみつめ、自らを信じて未来へと歩む行動力。仏教の教えのもと、社会を生きるしなやかな感性と教養を身につけ、勇気と誇りをもって新しい時代を創造する女性を育成します。

仏教行事

仏教のみ教えに基づいた仏教行事などに接するなかで、いのちを尊び、他者を思いやる豊かなこころを育みます。

情操教育・礼法指導

「本物に触れる」という教育方針のもと、演奏会、能楽や演劇の鑑賞、国の登録有形文化財である茶室での礼法指導など、筑女には若い感性を磨き、豊かな人間性を育むプログラムが充実しています。

STUDENTS VOICE

VOICE01

仏教を通して物事を広く見る目を養い、
様々なことを自分事として
受け取るようになりました。

山崎 愛咲美さん中学3年 Ⅰ類

1年間、仏教委員会の委員長を務めました。委員会では、毎月の感謝日に行う献金の寄付先を決定します。その過程で様々な問題を知るたび、「これは他人事にしてはいけない」と感じるようになりました。最初は正直、自分が献金する5円、10円はあっても同じではないかと思うこともありましたが、だんだんと1人の力は小さくても積もり積もって誰かのためになると思えるようになりました。それからは世界各地のニュースなどを見る時の自分の視点も変わったように思います。何をするにも、他人事として捉えていると自分から行動することはできません。仏教を通して学んだ「自分事として捉える力」は、今後も私の将来に役にたつと思います。

VOICE02

人との関わりや「縁」について
考えるようになったことで、
出会いへの感謝の気持ちや
物事を捉える視野が広がりました。

赤司 瑞祈さん高校3年 Ⅰ類医進コース

毎週行なっている朝の礼拝や、仏教の授業で仏教の教えやそれに関するお話をきくことで、友達や先生など様々な人との出会いを大切にするようになったと思います。「一期一会」 という言葉がありますが、筑紫女学園での生活を通し「縁」について考える機会が増え、出会ったことに感謝するようになったと思います。そんな経験と日々の友達や先生方との時間を通して、入学前より視野が広がりいろんな角度から物事を考えられるようになったと感じます。私は将来、患者に寄り添って治療する医師になりたいです。そしてそのためには、患者の考えをよく理解することが大切だと思います。仏教は日本人にとって身近な宗教であるので、仏教の教えを知っていることは患者だけに関わらず、人と関わるときに話を広げたり、新しく会話をするときにとても役に立つと思います。

今月のことば

2023年3月

人の世に熱あれ。

人間(にんげん/じんかん)に

光あれ。

 今月のことばは、〝3月3日〟に関係するものを選びました。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」。このことばを(つむ)いだある人物について、少し紹介しましょう。

その人は、現在よりもはるかに差別意識が根深かった明治の時代に、被差別部落の真宗寺院に生まれました。「()()」「非人(ひにん)」という差別呼称は法令で「廃止」されていましたが、その人自身も数々の激しい差別を受け続けます。不当な差別から逃れるため、地元を離れ京都の浄土真宗の学校に編入しますが、教員に出身地を暴露(ばくろ)されるなど、そこでも陰湿(いんしつ)執拗(しつよう)な差別にあい、中退を余儀なくされます。

 その後、幼少の頃より絵画の才に(ひい)でていたその人は画家を志し、展覧会で入選するなど、その才能を発揮していきます。ただ、その当時、その人は部落民であることを恥ずべきものと考えていました。そして、差別に悩み苦しみ、命を絶つことさえも考えていたのです。

しかし、やがて「特殊部落民自身が先ず不当な社会的地位の廃止を要求することから始めなければならない」という主張に()()い、深く感銘(かんめい)を受けます。そして、差別されてきた者自身が立ち上がる自主的な部落解放運動を主導していきます。「人間はいたわるべきものではなく、尊敬するべきものだ」。こうした信念のもと、その人は日本最初の人権宣言とされる水平社宣言を起草し、1922年〝3月3日〟に発布されます。

すべての人の尊厳性と平等性を願う水平社宣言。この宣言は、差別や貧困に苦しむ人びとの生きる灯火(ともしび)になりました。しかし、国家権力による思想弾圧や軍国主義の台頭という厳しい現実に、その人も巻き込まれていきます。「天皇のもとでの平等」という幻想を抱き、その人は戦争に協力することで部落差別の撤廃を目指すことになるのです。こうした過ちも犯しながら、戦後、その人は人類の平和共存を訴え続けます。

その人は、74歳で亡くなります。自らの尊厳と他者の尊厳に目覚めるとともに、自分の弱さや愚かさに必死に向き合い、多くの人びとに支えられた生涯でした。

 3月3日の卒業の日(水平社宣言101年目の日)を機縁として、生徒のみなさんに、上記のことばを贈ります。それは、このことばに込められた願いに少しでも触れてほしいと思うからです。この学び()でまかれた種が、ある日ひょっこり芽を出す。今は目には見えなくても、地中深くに根を張っていることもある。そのような願いも込めて―。

※「穢多」「非人」などの差別語は、歴史用語 としてそのまま使用しました。

(文責 宗教科)