2023年3月

人の世に熱あれ。

人間(にんげん/じんかん)に

光あれ。

 今月のことばは、〝3月3日〟に関係するものを選びました。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」。このことばを(つむ)いだある人物について、少し紹介しましょう。

その人は、現在よりもはるかに差別意識が根深かった明治の時代に、被差別部落の真宗寺院に生まれました。「()()」「非人(ひにん)」という差別呼称は法令で「廃止」されていましたが、その人自身も数々の激しい差別を受け続けます。不当な差別から逃れるため、地元を離れ京都の浄土真宗の学校に編入しますが、教員に出身地を暴露(ばくろ)されるなど、そこでも陰湿(いんしつ)執拗(しつよう)な差別にあい、中退を余儀なくされます。

 その後、幼少の頃より絵画の才に(ひい)でていたその人は画家を志し、展覧会で入選するなど、その才能を発揮していきます。ただ、その当時、その人は部落民であることを恥ずべきものと考えていました。そして、差別に悩み苦しみ、命を絶つことさえも考えていたのです。

しかし、やがて「特殊部落民自身が先ず不当な社会的地位の廃止を要求することから始めなければならない」という主張に()()い、深く感銘(かんめい)を受けます。そして、差別されてきた者自身が立ち上がる自主的な部落解放運動を主導していきます。「人間はいたわるべきものではなく、尊敬するべきものだ」。こうした信念のもと、その人は日本最初の人権宣言とされる水平社宣言を起草し、1922年〝3月3日〟に発布されます。

すべての人の尊厳性と平等性を願う水平社宣言。この宣言は、差別や貧困に苦しむ人びとの生きる灯火(ともしび)になりました。しかし、国家権力による思想弾圧や軍国主義の台頭という厳しい現実に、その人も巻き込まれていきます。「天皇のもとでの平等」という幻想を抱き、その人は戦争に協力することで部落差別の撤廃を目指すことになるのです。こうした過ちも犯しながら、戦後、その人は人類の平和共存を訴え続けます。

その人は、74歳で亡くなります。自らの尊厳と他者の尊厳に目覚めるとともに、自分の弱さや愚かさに必死に向き合い、多くの人びとに支えられた生涯でした。

 3月3日の卒業の日(水平社宣言101年目の日)を機縁として、生徒のみなさんに、上記のことばを贈ります。それは、このことばに込められた願いに少しでも触れてほしいと思うからです。この学び()でまかれた種が、ある日ひょっこり芽を出す。今は目には見えなくても、地中深くに根を張っていることもある。そのような願いも込めて―。

※「穢多」「非人」などの差別語は、歴史用語 としてそのまま使用しました。

(文責 宗教科)