2023年5月

戦争をしないことこそ

究極の『医』になる

 これは北九州市に本部があるNPO法人“ロシナンテス”の理事長である川原尚行さんのことばです。ロシナンテスは、貧困や紛争などが起こっている国を支援する目的で2006年に設立されました。現在、軍事衝突が起こっている南スーダンでも活動しています。               

 多くの苦しみを生む紛争は何故起こるのでしょうか。お釈迦様は「すべての人々は暴力を恐れる。すべての人々にとって、いのちは愛しい。自分におきかえてみて殺してはならない。殺させてはならない」(『法句経』130)と説かれました。お釈迦様は、すべての人にとって“いのち”は愛しいと仰いました。“いのち”の尊さは、たった一つである唯一性にあるともいわれます。その唯一の“いのち”ということを考えてみると、親を通してわたしの“いのち”は恵まれたものですが、それは思いもよらないはるか長い時を経て“いのち”のバトンがつながれ、“いのち”がわたしとして恵まれました。さらにこの“いのち”を生かすために様々な食べものに限らず、環境も含めて多くの“いのち”がこのわたしの“いのち”を支え、関わってくれています。お釈迦様が説かれた“いのち”の尊さや愛しさとは、すべてのものにつながっている“いのち”であるからこその尊さであり愛しさです。そしてこの愛しい“いのち”のつながりを忘れ、自分だけが正しいと思ったときに争いが起こるのではないでしょうか。“自分におきかえてみて”というのは「殺される側に自分の身を置いてみなさい」ということです。失われる“いのち”の恐怖や苦しみを自分自身の事と感じることができれば殺す側に立つことなどありえないはずです。しかし私たちはともすると「正義」の名のもとに自らの行為を正当化し、人を傷つけてしまう立場に立ってしまうことがあります。

 今月のことばにある「戦争をしないことこそ、究極の「医」である」ということばとお釈迦様の教えをあわせて考えてみると、医療もお釈迦様の教えも尊く愛しい“いのち”の視点を大切にしているといえます。今も世界各地で紛争等のため多くの尊い“いのち”が「正義」の名の下に失われています。改めてお釈迦様の「苦しむ“いのち”の側に自分の身を置いて行動しなさい」ということばは、紛争に限らず私たちにとっても重要な意味を持つものではないでしょうか。

(文責 宗教科)