優等生ってなもんはなぁ、 先生の「言う通り生」や。
そうなったらあかんで。
私が幼い頃、周囲には世間の常識とは違ったところから介入してくる大人たちが時々いました。こうした〝ななめからの介入〟のおかげで、親や先生によって与えられた常識や思い込みが緩和され、いろんな生き方を学ぶことができました。今月は、私が小学生の時に、寺で出遇ったあるおっちゃんの言葉を思い出しながら、思考をめぐらしたいと思います。
さて、生徒のみなさんはこのおっちゃんの言葉を率直にどう思いますか。その当時の私は、この言葉の意味がわかるようでわからない、ただそのおっちゃんのおもろい人柄が好きで、そんなおっちゃんも集う寺の雰囲気がなんだかんだで好き―という漠然とした感覚でいました。でも、成長していくにつれて、この言葉の行間(真意)が理解できるようになってきました。
親や先生をはじめ、周囲の方々の話を聞くことそれ自体は大切なことです。しかしそのことと、「言う通り」にただ従うことは違います。大仰に聞こえるかもしれませんが、自分で考えることをせず、何事にもずるずると従っていく姿勢は、ファシズムを生みだし、戦争にもつながっていきます。そのように喝破した一人に、戦後民主主義のオピニオン・リーダとして著名な丸山眞男(1914~1996年)がいます。戦前の日本は、どのようにして戦争に突入していったのか。丸山は、敗戦直後に執筆した論文で次のように指摘しています。「何となく何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入した」(「超国家主義の論理と心理」)。
一見、ふざけたようなおっちゃんの言葉ですが、丸山の鋭利な分析と重なります。丸山同様、戦争体験者であったであろうそのおっちゃんの脳裏には、戦時中は好戦的な言説で教え子を煽り、敗戦後は手のひら返しで平和や民主主義を謳歌した先生(大人)たちの姿があったのかもしれません。そのように想像してみると、「優等生(言う通り生)になるな」の一言には重みがあります。
ところで、親鸞という人物は「聖人」と称され、こともあろうに「見真大師」として権威化されてしまいますが、その時代の模範となる仏教徒(いわゆる優等生)であったわけでは全くありません。当時の仏教界の権威や秩序からすれば、むしろ異端児であり、同時に〝反抗の人〟でした。天皇や貴族ら権力者の安寧に奉仕する仏教界の「常識」に対して、小石のように蔑まされた弱きものの立場から反抗の狼煙を上げたのが親鸞です。世の中の理不尽に怒り、地位や名誉を否定し、権力に敢然と「否」をつきつける。それでいて、自らの弱さや愚かさにも向き合っている。そんな親鸞の生き方に心を動かされませんか?
(文責 宗教科)