人は 昨日にこだわり
明日を夢みて 今日を忘れる
本田 恵 師
2023年も残すところわずかとなりました。今年一年を振り返ってみると、5月に新型コロナウィルス感染症が感染症法に基づいて2類から5類へと引き下げられました。それに伴って感染症対策もコロナ禍前のようになり、私たちの日常生活も落ち着きを取り戻してきたように思います。“のど元過ぎれば熱さを忘れる”といわれますが、コロナ禍で経験したそれまでの“当たり前”と思っていた日常生活が、“当たり前”ではなかったと気づかせていただいた経験を忘れずにこれからを過ごしていきたいものです。
今月のことばは、私たちの日々を振り返るにあたり、とても考えさせられることばではないかと思います。ある雑誌で、「企業を経営していく上で大切なことは、“ヒト、モノ、カネ”といわれ、この三つに共通していることは、それぞれ増やすことができるものである」とありました。しかし、「“時間”ということについて考えてみると、時間は増やすことも借りることもできず、誰にでも等しく1日二十四時間しか与えられておらず、その限られた時間をどのように使うかが大切である」とも述べられていました。時間の経過を表す言葉に、過去・現在・未来があります。“過去”は、“過ぎ去った時間”、“現在”は“過去と未来の間、いまこの時”、“未来”は“これから来る時、将来”と辞書では示されています。私たちは日々、様々な経験を積み重ねて生きています。その中で、今月のことばの“人は昨日にこだわり”ということを考えてみると、私たちはいままで経験してきたことに対して、“あの時こうしておけばよかったのに…”とか、“これまでせっかくがんばってきたのに…”などと、経験してきたことに“のに”とつけて過去の経験にこだわるということがないでしょうか。また、“未来”については“明日はこうしたい”とまだ経験していない先に希望をもち“明日を夢見る”姿が私たちなのかもしれません。また、逆にまだ起こってもいない先のことに不安を感じたり、将来を心配したりしても誰も未来のことはわかりません。もちろん過去の経験を教訓として考えることや、明日を夢見て生きることも大切なことです。しかし私自身の生きている“いま”を見失ってそのことを考えたり、“いま”が当たり前で明日も明後日も当たり前のようにくると考えたりして生きていくならば、二度と来ない “いま”の大切さを忘れた生き方となっていくのではないでしょうか。
お釈迦様は、“過去を追うな。未来を追うな。過去はすでに捨てられた。未来はまだやって来ない。だから現在のことがらをよく観察し、揺らぐことなく動ずることなく、よく見きわめて実践すべし。ただ今日なすべきことを熱心になせ。誰か明日の死のあることを知らん。”(パーリ仏典『中部経典』)と、常に“いま”生きているこの時を大切にして生きることを説かれています。また、アップル社の協同設立者であったスティーブ・ジョブズ氏は、すい臓がんが見つかった後のスタンフォード大学の卒業式で「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを本当にするだろうか?」と問い、日々の生活の中で今あなたのなすべきことは何かを考えることの大切さを学生たちに語りかけました。
私たちは、“いま”というかけがえのない時のなかで生きています。改めて、日々の生活の中で、“いま”の大切さを思い返し、過去の自分の行いを振り返り、自分がやりたいと思っている未来に対し今の自分の行いを観察し、今日やるべきことをなしているのか問うてみて、今年一年を振り返り新たな年を迎えましょう。
文責:宗教科